バウムクーヘン容器と知財
みなさんは、治一郎のバウムクーヘンをご存じですか?
「飲みものが要らないほどのしっとり感」と、「ケーキのようなふんわり感」というキャッチコピーで有名なバウムクーヘンです。
私は、この治一郎バウムクーヘンを食べるまでは、どちらかというとショートニングや膨張剤などの「混ぜ物」が入っているバウムクーヘンに否定的な立場でしたが、治一郎バウムクーヘンを知って、私の中の「バウムクーヘン純粋令」は崩壊してしまいました。それほど病みつきになる食感のバウムクーヘンです!
「治一郎」のバウムクーヘンは、株式会社 治一郎のブランドであり、姉妹ブランドに株式会社 宝福の「きみのまま」があります。こちらは「母の卵焼き」をイメージしてつくったのだそう。治一郎も宝福も浜松市に本社を置く、ヤタローグループの会社で、ルーツである中村時商店は1933年創業の製菓・製パン業者とのことです。
この2つのブランドのバウムクーヘン、しっとり&ふんわりした食感のほかに、もう一つ共通した特徴があります。
それは「包装容器」です!
一度見たことある人ならば、「ああヤタローグループのブランドだ!」とわかるこの包装ですが、意匠や立体商標の出願はあるのでしょうか。
実は、この包装容器、特許出願がなされています。(意匠や立体商標の出願は、今のところ見つかりませんでした。)
しかもBtoC商品の明細書を見慣れていない私にとっては、かなり衝撃的な明細書でした。。。出願人は、親会社のヤタローではなく、治一郎です。
特開2018-199517 「バウムクーヘンの容器およびバウムクーヘンの包装方法」
株式会社 治一郎
どこが衝撃的だったかというと…
まず、【課題】に、治一郎バウムクーヘンの謳い文句が記載されています。
<特開2018-199517より引用>
【0007】・・・出願人が生み出した「飲み物が要らな
「従来品よりも柔らかく、重量があるバウムクーヘンであっても、輸送時に折箱中で動いて傷や凹みが生じるのを防止できる」と書くよりもオリジナル感がありますね。
まだこのぐらいなら、食品メーカの出願明細書であれば、あり得るのかな?と思えます。ですが、【発明を実施するための形態】の【0018】~【0022】では、発明の本質とはかなりかけ離れた「これまで製造したお菓子」や「バウムクーヘンを購入するお客様に対する、発明者(代表取締役)の思い」まで1ページ弱にわたり詳細に記載されており、かなり宣伝的要素の強い明細書だなと思いました。意匠で出願せずに、特許で出願した理由の1つがわかる気がしました。(もちろん、技術的な特徴があると判断したから特許出願したのでしょうが・・・)
ちなみに、バウムクーヘン容器の意匠は、次の4つが登録されていました。
真中二種の包装容器はさておき、菓子パッケージ会社「東光」の容器や、右端にある、初期のユーハイムの容器は、実用新案や特許でも出願できるのではないか、と思えます。
事実、ユーハイムは、同様の容器の実用新案出願を3件おこなっており、そのうち2件は登録されていました(平成5年法改正前の実案)。
また、これらの出願が、先ほどの「治一郎のバウムクーヘン容器」の権利化を阻んでいます。
というのも、治一郎のバウムクーヘン容器の請求項は、とても広い権利範囲となるように書かれているからです。
<特開2018-199517より引用>
【請求項1】
バウムクーヘンの容器において、
前記容器が、蓋部の中央に台状部が形成されていることを特徴とするバウムクーヘンの容器。
【請求項2】
前記台状部が、小高い方に向かって狭まっていることを特徴とする請求項1に記載のバウムクーヘンの容器。
請求項3は、「包装方法」なので省略しますが、 この請求項だと、1980年代出願のユーハイムの実用新案でも、1990年代出願のユーハイムの意匠でも開示されている内容となってしまします。
また、そもそも、標準的なバウムクーヘン容器は、この出願の請求項の特徴を備えています。
「これは「蓋」ではなく、「トレー(底)」だろう!」と思われるかもしれませんが、この写真の容器のうち、一番上のものは、実は製品の上側に被せられていました。
ですので、こういった場合、この容器は「トレー」ではなく、「蓋」であるとも解釈できるのではないかと思います。
また、治一郎の出願の【0037】には、「下蓋のみをバウムクーヘンにかぶせるようにしてもよい」という趣旨のことが、さらに【0036】と【0038】には、「蓋の立ち上がりの部分は、円盤状の部分がバウムクーヘンの外径よりも大きければなくてもよい」、「蓋の円盤状の部分も円盤状ではなく、多角形でもよい」という趣旨のことが書かれており、「蓋」の範囲がかなり広くなってしまっています。
これでは、権利化はかなり難しいのでは?と思います。
この出願は、今年4月に拒絶理由が通知され、代理人は6月に面接をして、7月に補正書を提出していますが、個人的な意見としては、補正後も「蓋部」の意味する範囲があまりにも広すぎるので、「蓋を上下両方ともに設ける」とするか、「立ち上がりの部分に溝が形成されている」(【0033】のクレームアップ) とする方が無難だと思いました。
ブランド自体はよいと思っていますので、なんとか、「特徴的な梱包形状が保護できる&既存の他ブランドの販売を妨げない」ような権利が取れるよう、祈るばかりです。
おまけ
バウムクーヘン容器の立体商標は、次の3つが登録されていました。
やはりロゴなしの登録はハードルが高そうですね。
ヤタローの場合は、治一郎はバームクーヘンリングの外面に巻かれている保護テープに、「治一郎」のロゴがあるので、登録できそうですが、「きみのまま」のほうは、保護テープがないうえに、保護テープをつけたとしても、「治一郎」とは別ロゴになるので、一括で登録できないという意見もあったのかもしれません。
以上、バウムクーヘン容器と知財について、治一郎の出願を中心に書いてみました。お読みいただきありがとうございました。
バウムクーヘンと特許・実用新案
もともとバウムクーヘン紹介のブログを書くために利用登録した「はてなブログ」。
でもなかなか書く気が起こらないまま数年放置していました。
当初の目的を違ったかたちで達成することとなりますが、今日は「バウムクーヘンと特許・実用新案」をテーマにブログを書こうと思います。
- バウムクーヘンに関する特許・実用新案の出願件数 (5庁+ドイツ)
- 出願数推移と出願人ランキング (日本)
- どのような出願が多いのか?
1. バウムクーヘンに関する特許・実用新案の出願件数 (5庁+ドイツ)
株式会社ユーハイムの創始者カール・ユーハイム氏によってドイツから日本に伝えられ、日本で独自の進化を遂げたバウムクーヘン。バームクーヘンに関する特許・実用新案は、各国の特許庁にどの程度出願されているのでしょうか。5庁(米国(US)、欧州(EP)、日本(JP)、中国(CN)、韓国(KR))とドイツ(DE)への出願数を調査してみました。
結果は次の通り!日本がダントツです!!
フルテキストで「baumkuchen」のみを検索するのではなく、「tree cake、log cake、spit cake、layer(ed) cake、annular cake」などの類義語を入れたり、特許分類IPC(CPC)のA21B5/04やちょっと広いですが、A21D13/10以下を入れたりしてもこの結果でした。中国や韓国は原語で検索したわけではないので、原語で検索すると多少増えるかもしれませんが、それでも結果が数倍になるということは考え辛く、日本への出願件数が一番多いのは確実だと思います。(中国、韓国とも検索は、EspacenetやGooglePatentでおこないましたのでタイムラグもあると思いますがそれを考慮しても日本は多い。)
バウムクーヘン発祥の地ドイツでは、Espacenetで見る限り、20件ほど出願がありましたが、日本の出願人の出願は見つかりませんでした。ただし、欧州特許庁への出願は、食品機械メーカであるコバードがおこなっています。
元の日本出願:特許5431608 「層状食品の製造装置及び製造方法」 コバード
内容は、芯棒(バウムクーヘンを焼くときに液体生地を塗布して焼成成形するための棒)に形をもたせ、かつ焼成生地に対して成形具を押し当てて成形することで、ハートや星形のバウムクーヘンを製造する装置・方法です(下図参照)。コバードはこの出願を米国、欧州、中国、韓国、そして台湾で権利化しています。
一方、ドイツから日本へは、大手菓子メーカのクーヘンマイスターが効率的にバウムクーヘンを製造できる方法と装置に関する出願(特許5661814)をしています。クーヘンマイスターは量産型のバウムクーヘンつくってますもんね・・・ただし、やはりドイツではクリスマスなどの「特別な日」にバウムクーヘンを食べるのが普通なので、クーヘンマイスターのホームページでも「祝祭の日に」というカテゴリでバウムクーヘンが紹介されています。ちなみに、クーヘンマイスターは、眉毛コアラばかりのお菓子「KoalaKakao」をつくっているメーカとして、一部の日本人には有名です(笑)
2. 出願数推移と出願人ランキング (日本)
次に日本出願の出願数の推移をみていきましょう。バウムクーヘン関連出願のピークは、1980年代と2010年代にあります(2020年代はまだこれから出願&公開されます)。2000年代後半~2010年代は、キヨスクやコンビニなどでも安価なバウムクーヘンが手軽に買えるようになったり、クラブハリエ、ねんりん家や治一郎などのブランドが流行したり、バウムクーヘンのバリエーションが一気に増えた年代で、出願件数もこれに比例するように増えています。
また、1980年代は、出願の内容を見てみると、これまでほとんどなされていなかったバウムクーヘン生地の組成やバウムクーヘンの梱包に関する出願が増えてきていることが分かりました。生地の組成に関する出願では、小麦粉や米粉など澱粉成分の粒径や、ショートニングなどの油脂成分の融点、発泡剤の組成を調整することで、生産性を向上させつつ風味、品質なども高められるような工夫をしています。ドイツでは、バウムクーヘンの定義が厳格に守られているため、ショートニングなどの使用は許されませんが、日本では定義が緩いので、手ごろさやバリエーションを出す点では有利となり、発明・考案も生まれやすいのかもしれません。
出願人ランキングでは、元祖バウムクーヘンメーカのユーハイムと食品装置メーカの光岡機械製作所が同率一位でした。続いて「ねんりん家」で有名なグレープストーンとタッグを組んで、共同出願も4件ある食品装置メーカのマスダックと、バウムクーヘン製造機メーカでは有名な不二商会が3位。5位以下では、日清オイリオやカネカなどの食品・化学メーカも、バウムクーヘン用の油脂や起泡剤、乳化剤、米粉のバウムクーヘンの米粉に関する出願などの出願がありました。
ちなみに、ユーハイムの2020年代の出願は、今年の3月に公開されたAI搭載で職人の技を機械学習で習得してよりよいバウムクーヘンを焼く装置「THEO」関連の出願です。画像処理+機械学習を使った業界初のバウムクーヘン焼成機です!!
特許6876208 「バウムクーヘン焼成機の制御装置、制御方法及び制御プログラム、並びにバウムクーヘン焼成機」 株式会社ユーハイム
3. どのような出願が多いのか?
最後に、出願内容を大まかに分類したいと思います。今回の記事では、内容で出願を大まかに次の5種類に分類しました。
1. 装置:主にバウムクーヘンを効率よく量産するための装置、またはバウムクーヘンの品質(外観、風味など)を向上させるための装置に関する出願(炉構造、芯棒などを含む)
2. 組成:生地成分の工夫により、バウムクーヘンの品質を向上させたり、生産性を上げたりする出願
3. 構造:フルーツ入りバウムクーヘンや略球状のバウムクーヘンなど構造や形に特徴がある出願
4. 梱包:バウムクーヘンを型崩れがないように輸送、または陳列するための容器等に関する出願
5. 製法:装置に関する請求項がない、製法に関する出願はここに分類 (1が優先)
分類後、それぞれの割合をグラフ化した結果、やはり装置に関する出願が一番多く、次に組成、構造が続く結果となりました。バウムクーヘンの一般への普及に関して、装置メーカや食品メーカが大きく貢献していることが見てとれます。
以上、バウムクーヘン関連の特許・実用新案出願について概要をまとめてみました。
お読みいただきありがとうございます。
おつかれさまドレミファインバータ
京急のイベント「ありがとうドレミファインバータ♪」は、昨日終了したようですが、嬉しいことに、今日も京急1033は営業運転しているとのこと。時差出勤なので、運行時間には合わなくて、なかなか逢えませんが、もう一度あの音色が聞きたいもの・・・
プラレールは購入しましたが最後になんとか生音が聞けないものか・・・
願懸けとして、今日は「モータ制御時の電磁騒音を快音、またはアラート化」することが効果、または作用として記載されている特許出願についてとりあげます。
鉄道分野では、VVVF(可変電圧/可変周波数)インバータ装置でモータを制御するのが主流で、この方法では、モータに入力する三相交流の電圧や周波数を適切に制御し、モータの回転力・回転数を調整できるとのこと。VVVFインバータ装置のスイッチング素子には、現在では、SiC半導体が用いられるようになってきていますが、昔はGTOサイリスタが用いられており、このGTOサイリスタを採用したインバータでは、素子の特性上、周波数を可聴周波数よりも高く制御することが難しく、騒音が気になりやすかったとのこと。そこで、シーメンス社では周波数等の制御により、この騒音が音階に聞こえるように調整したインバータを製造し、京急(やJR東など)に提供したようです。騒音制御:Vol.29, No.4(2005) P.287-289には、「登校時の女子校生の間では「幸運の電車」として評判」との記載があり、昔から女性にも好評であったことがわかりました!!
→https://www.jstage.jst.go.jp/article/souonseigyo1977/29/4/29_4_287/_pdf
ところが・・・出願人「シーメンス」で調べた結果、欧州でも日本でもそれらしき出願を見つけることができず・・・上記雑誌にも「当社としても特に積極的な宣伝等は行わずに現在に至っている。」と記載されていることから、シーメンスは制御システム「SIBAS」の商標登録はしているものの、「歌う電車」の技術的思想は出願していないという(自分の中での)結論に至りました。
残念ながら、シーメンスの出願は見つけることができませんでしたが、日本の出願人の「歌うインバータ」に関する出願はいくつか見つけることができました。
「電磁音を制御して音楽のように聞こえるようにする」ことが明確に記載されている最初の日本出願は、日立製作所の特開平2-211092(特許2810081)だと思います。この出願の請求項6は、
「・・・前記PWM電力変換装置のPWM制御の搬送波周波数を音楽的な音程の関係、例えばド、レ、ミ、ファ、ソ、ラ、シ、ドの関係の音となるように変化させるようにしたことを特徴とするPWM電力変換装置。」
となっています。
日立以外では、明電舎と東芝が電磁騒音をメロディにするコンセプトの出願をしています。
特開2001-025258 (特許3893801)
「PWMインバータ」 明電舎
特開1992-200294
「 インバータ装置」 東芝
電磁騒音を利用する発想は、電車に止まらず、電気自動車にも展開されていったようです。また、実現が可能かは別として、電磁騒音を警戒音やメッセージなどに変えるというアイデアも1980年代後半にはすでに出願されていたようです。どちらも最初は日立から出願されており、後に自動車メーカも、数は多くはないものの、同様のコンセプトの出願をしていました。
「インバータ装置→モータ」の静寂性は高くなっても、電磁音を利用した音情報発生システムは細々と検討されていたのかな・・・自動車への応用の特許は例えば、
特開1995-177601 (特許3107262)
「電気車制御装置および電気車」 日立
特開2018-026931 (特許6828297)
に記載されています。
「電磁騒音の利用」というコンセプトは特許出願としては、そこそこ見つかったのですが、実製品として私が知っているのは、シーメンスの「ドレミファインバータ」のみ・・・Web検索しても日立製の「歌うインバータ」は見つからずでした。出願権利化のみで終わってしまったのでしょうか・・・
また、2018年からEV走行が可能な自動車に適用が義務付けられている「車両接近通報装置」の主流は、スピーカーから発せられる擬音ということで、残念ながら電磁音ではなさそうです。(ポルシェのタイカンには、モータ音増幅技術が用いられているとの情報がありますので、また調べてみようと思います。)
もう少しで日本からは消えてしまう「ドレミファインバータ」。いい音をありがとう!!最後まで応援しています。